私たちの目指すもの

  • 福原正大

    忘れもしません、当時私が勤めていた外資系金融機関のGlobal戦略を決める会議に初めて出席したときのことです。
    日本人チームの準備はパーフェクト。
    これ以上は考えられないほど考え、Global戦略として採用される自信にあふれ、意気揚々と会議に臨みました。

    しかし、いざ会議が始まると、
    日本人チームの提案は全く聞き入れてもらえません。
    そして、会議後、他国のメンバーたちが決めた方針に対し、日本人の上司たちが愚痴をこぼすのです。
    「外人は全く分かってない!こっちの方がいいに決まってるじゃないか。」
    「だいたい、無駄な話ばかりして!!」

    しかし、いくら非難してみても、世界戦略に取り入れてもらえないという事実はかわりません。
    私はなぜ日本人チームがこのような結果になってしまったのか、を深く考えるようになりました。
    考えてみると、このような事例は枚挙に暇がないようです。
    柔道のルールは、日本発のスポーツであるにもかかわらず、世界でなかなか日本の主張は通らなくなっています
    国際金融のルール作りにしても、邦銀の主張は世界で取り入れられることは稀です。

    これらの事例に共通して底流する何かがあるのではないか?
    私はそれを見つけるべく、海外のグローバルなコミュニケーション能力を備えた人物を具さに観察することにしました。
    すると彼らは、「自分たちの答えが絶対」だとは思っておらず、テーゼとアンチテーゼを、議論を通じてより次元の高いテーゼに昇華させることを共通のルールとしていることに気がつきました。
    自分たちの答えを絶対視していない彼らは、議論が行き詰まった時に、米国人であれば日常会話などを、英国人であればその議題に関係する自分のストーリーなどをよく話すのです。そうした一見関係のなさそうな話をするなかで、「言葉のひっかかり」を探っていたのです。
    そうした「言葉のひっかかり」を突破口に一気に結論への道が開けることが、グローバルな舞台での議論では、事実、よくあります。これが、日本人の上司たちの愚痴に現れた「無駄な話」の正体だったのです。

    私は、日本人のこうした姿勢には2つの問題点があることに気がつきました。
    ひとつは、「答えが1つであると思い込んでいる」こと、もうひとつは、「英語運用能力が不十分であること」です。
    日本の教育現場では、極めて同質性の高いクラスの中で、「答えが1つであること」を前提に授業がなされているように思えます。また、英語の運用能力を高めることが十分にできているかというと、疑問符がつきます。

    グローバルに通用する「議論のルール」と「英語運用能力」の双方を同時に磨くのに、「英語ディベート」より良い方法はありません
    観衆の前での振る舞い方や自信を養うスピーチと併せて、英語ディベートを世界の若者と競い合う舞台を日本の若者に与え、世界に羽ばたくチャンスを広げること。それが私たちNFLJのミッションです。

    NFLJ 代表理事 福原正大

  • 深沢岳久

    我々は多様な意見や価値観をもつ社会を作り上げてきました。このような社会では、人は様々なことを言うので、何を信じてよいのか分かりません。専門家でも意見が分かれることは多くあります。
    ここで大切なことは、まず人の言うことを安易に信じるのは危険であるということです。つまり聞いたことは自分で十分吟味しなければなりません。反対の意見や異なる価値観が存在し得るからです。
    物事の検討を十分するためには色々な意見を聞くことになりますが、その上で自分が納得することが重要です。そして、納得するためには物事を考え抜かなければなりません。私は、人が考え抜いて出した結論はその是非は別にして尊重すべきであると考えています。
    NFLJでの英語によるディベートが物事を考え抜く端緒になることを願っています。

    NFLJ 理事 深沢岳久

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