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Starting Session 2014 over view!

こんばんは!またまたRENAです!立て続けの投稿すいません、ちょっと書きたいことがあったので最後まで
読んでいただけると幸いです!

まず、本日は無事”NFLJ Starting Session 2014 ”を開催することができました!
急な募集にも関わらず、ディベートに対して熱意のある高校生に集まっていただき、とても有意義なセッションに
なりました。ちょっと今回のレポートと総括をしたいと思います!

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今回のセッションはキックオフセッションということで、NFLJの説明、
ディベートのルール説明、そして実際にディベートを行い勝敗、そしてベストスピーカーを選出するという
形で行いました。

議題は高校生により身近なものという意味をこめて”テスト前は寝るべきである”という議題でした。
私自身ジャッジを担当し、普段参加する側の方が多い分客観的に見て気づけた面はたくさんありました。

オフィシャルなジャッジを経験したのは初めてでしたが、必然的に客観的に見ることになる分
矛盾点やつっこみどころ、疑問など多く浮かびやりがいのある仕事でした。

またおいおい告知しますが1月31日に行う予定のセッションでもジャッジについて
学ぶ機会をもうけるので是非いらしてくださいね。

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こんな感じで緊迫感漂う中ディベートを行いました。そしてベストスピーカーはパワフルな女の子
二人でした!

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私が今回のセッションでディベートについて感じた想いを再び語りたいと思います。
今回のセッションを経て、リフレクションを行った際に日本人はやはりディベートを行うにあたって
遠慮がちであるという意見がでました。その子は海外の高校に通っていて、韓国や中国の友達は本気で勝ちにくるそうです。私がドイツで通っていたインターナショナルスクールの授業でもディベートを行った際には息つく暇も無くお互い白熱した議論をかわしていました。

前回の投稿で英語の文面だけですが、受け身型の日本の学校教育と積極性の求められる海外の学校教育について比較しました。そもそも海外では授業に存在しているだけではほぼ出席していると認められません。発言し、自分の意見を述べることで初めて評価の対象になります。
なのでそういった厳しい中で教育を受ける海外の学生と授業に出席し何も発言しなくても家で山ほど勉強してテストでいい点をとれば評価をもらえる日本の教育制度の中で育った人たちとを比べるとやはり自身の意見を持つ能力の差は歴然としています。少なくとも私はそう感じました。

だからって日本人がディベートに向いてないかって言われたら違います。
日本人とか関係なく、人間として何かに対して自分の意見を持てることは確かです。ただ意見を言うことが当たり前ではないから、必要がないから考えないだけなのではないかと。それと同時にそれを発言する自信が足りないと思いました。分かりやすい例を述べると日本では少しでも口を滑らすとすぐメディアに取り上げられ批判されさらに取り上げられつぶされます。学校ですと少しでも規律の乱れた発言をしたり行動をとったりすると異色の目で見られます。
そんな中で大きくなったらそれは新しい自分の意見を述べることに自信をなくしてしまうどころか考えることさえしなくなる要因にもなりかねません。

だからこそ私はディベートを進めます。一見矛盾しているようですがディベートこそ自分の意見を言うことが求められ、発言の自由が最大限に与えられ、保証された場です。自分の意見がジャッジを頷かせることができたなら、それが目から鱗のような意見であっても言ったものが勝者です。

そんなディベートを何度も経験することで日常生活においても常に自分の意見も持ち、自信がつき、視野も広がります。

そしてこれらが整ったところでやっと世界の舞台に立てるのではないかと思います。
ただし、ここでまた新たな問題が生じます。それは価値観の違いです。育った環境や受けた教育が違うのであれば自ずと自分の意見を構築する軸も変わってきます。なので例えばキャッチボールをしようといって真後ろからボールを投げてくるなんてこともあると思います。そこで前から投げてくるものだとばかり思っていたものだから後ろから投げてきたことに対して怒ったとします。

仮にもし自分が投げられた立場なら自分は怒りますか?

私はそこで怒ったらそこから先に進めないと思います。後ろから投げてくるのはきっとその人なりの考えにそったものであるからでそれがその人にとってはあたりまえかも分かりません。後ろから投げられて初めて気づくこともあるかもしれません。なのに真っ先に怒ったらもったいないと思いませんか?

まず、相手の立場に考え、どうしてそういう行動をとっているか考える必要があると思います。
そうやっていくことで初めて価値観というものは広がっていくのではないかと。

ちょっと話しがずれてしまいましたが、、世界で行われているディベート、つまり現代の国際化(多国化、万国化)した社会ではではこの価値観という壁もさらに生じてしまいます。

その中でいかに自分の意見を発信するが重要であり、そしてそのファーストステップにディベートを日本中に浸透させることがあると思います。

このような理由から私はディベートを進めます。とくに今の日本人には。

これはNFLJとしてではなく、高校生の私の意見です!

最後に今日のセッションの集合写真で締めくくりたいと思います!

 

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今日はありがとうございました!長くなってしまったので英語の文はまた投稿します!

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